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ついに最終回を迎えたダンジョン飯。
海外で異例のヒットとなったが
それにはキャラの多様性も一因?
そんなダンジョン飯のヒットの要因と、
最終回で感動に沸く海外の
反応を紹介します!
関連動画
・VOICEVOX
:四国めたん:ずんだもん
:春日部つむぎ:雨晴はう:波音リツ
:玄野武宏:白上虎太郎:青山龍星
:冥鳴ひまり:後鬼:九州そら
:もち子さん:ちび式じい
:WhiteCUL:中国うさぎ:No7
:剣崎雌雄:†聖騎士 紅桜†:雀松朱司
:櫻歌ミコ:小夜/SAYO
:ナースロボ_タイプT:麒ヶ島宗麟
:春歌ナナ:猫使アル:猫使ビィ
:栗田まろん:あいえるたん
:満別花丸:琴詠ニア
BGM
Song: Tobu – Candyland [NCS Release]
Music provided by NoCopyrightSounds
Free Download/Stream: http://ncs.io/candyland
suport by : NoCopyrightSound
#海外の反応 #animeReaction
面白さの違いは、その多様性が作品に組み込まれたのが”義務”だったか”必要”だったかの違いでしょ
ただただ、批判されるような多様性を描く作品は、その多様性を”義務”で書いているとしか思われないような作りだから、多様性に中身がなく薄っぺらくて批判される
ダンジョン飯みたいな作品における多様性は、その多様性が作品を形作るのに”必要”だったからであり、その多様性を深く描けるしそれを魅力的に感じ評価される
ポリコレに配慮するんだったら、なぜその人がその人種であるのかっていう理由とかそれによる効果を多少はっきりさせたら、面白くなるんじゃないんすかね
ポリコレって黒人なら、黒人ばかりにすればいいって感じで嫌いな。押し付けじゃん。
単純に内容が面白くてみるでしょ?キャラそれぞれの考察で見るでしょ?世界観で見るでしょ?
そうやっていろいろみて、最後に「あ…それぞれの価値観、人生、寿命、見た目…多様性の最高峰…なるほど、海外勢はこれに感動しているのか」とたどり着く日本人よ
日本のアニメに多様性を求めるなら過去のアニメを一通り見てみな。
昭和の時代から女性主人公、同性同士の恋愛、LGBT etc.大体の分野で作品が作られてるから。
むしろ今のポリコレの方が遥かに遅れてる。
早い2期決定発表はよかったねw
海外の声でダンジョン&ドラゴンってのが出てくるけど
違うよなロードス島戦記こそ日本人の思い描くファンタジーの原点
毎回驚いたり声を出して笑えたアニメは本当に久しぶりだった
アメリカのポリコレが良くないのは批判されないためのチェックリスト方式になっちゃってんだよな
だから金太郎飴みたいにみんな同じ切り口になっちゃってるからポリコレどうこうじゃなくつまらんってなる
図書館に全巻を置くべきの完成度だと思う。
1つの完結した作品として美し過ぎる
そもそも「多様性を認めろ!」自体が
「お前の考え(多様性)を放棄せよ!」だからなあ
ダンジョン飯は世界観の構築が見事と言うか、「あ、この世界はそうなんだ」と気づかされる事が多かった。
例えば「動く鎧」とか一般的に「魔法で動いている」という事になっているけど、「じゃあ誰が動かしてるの?」っていうと答えが無い。「動く鎧を動かしている魔法使いはいない」というのがこれまでの世界観だけど、動画中にも話が出てきているように、ダンジョン飯の世界では「動く鎧が動く理由がある」というあたりにみんな惹かれているんだと思います。今までのファンタジーの「なんで?」に(ごくごく一部だったとしても)答えを出してくれている。
それが「ダンジョン飯」なんです。
完結してるのは大きい
ポリティカルなんちゃらというより一人一人しっかりキャラが立ってるよね。トールマンだけとかドワーフだけの世界でも同じように個性的なキャラクターを描けただろうなって思う
ダークエルフって言い方大丈夫なのか勝手に心配してたけどワタクシの杞憂だったわ
海外でってより日本人ウケが悪いだけな気がする
ガチファンタジーな感じって日本で人気になりにくいんだよなぁ
結局ポリコレが只の権力抗争と化して、肝心の現場の人間を潰してしまったのが原因なのではないだろうか。
それこそ日本みたいに、現場の人材は政治抗争から保護する方が良い成果が出るという事なのでは……
この世界でこういう設定、背景を持って生きてるならこういう見た目、性格になるよねっていうのが自然にスっと頭に入ってくる キャラクター造形に違和感が全然ない
海外で日本の漫画やアニメが高く評価されてる事は嬉しいけど、総じて難しく考え過ぎてる気がするw
途中とんがり帽子のアトリエに触れられてましたが、アニメ化発表されて以降音沙汰が無いのが心配です
簡単な話、ヘルシングやサイバーパンクエッジランナーズを見れば海外が映像作品に求めているものが何かわかりますよ
異世界でキャンプして飯ってマンガは多くありコレもその一つかと思ってました
良い意味でのタイトル詐欺だわ
ここは基本的にアニメチャンネルなんだし、原作既読組のネタバレコメントは拾うべきじゃない。どうしても拾いたいなら、タイトルやサムネなどで解りやすく注意喚起すべき。
いきなりチルチャックの嫁のこととかアニメ化されてない部分のネタバラシを食らって速攻で視聴中止したが、この無神経さには呆れた。
悪いが、この動画には低評価を付けさせてもらったし、これからも同じようなことが繰り返されるならお勧めもミュートして永遠にサヨナラさせてもらう。
俺は多様性という言葉が嫌いになったよ、なにせ多様性という言葉で要求突きつけてくる連中ばかりだったから。
上手く言えないが木を見て森を見ずの逆で
ポリコレって人種そのものの枠で人を判断し勝手に定義付けてる気がする
重要なのは
その人がどんな人で
どんな人生を送って来たか
これまで何をしてきたか
何をしようとしているのか
私との関わりは
が大事なのではないかと思う
バカの一つ覚えのように、多様性多様性うるせえな!
アメリカは実は多様性なんてないからポリコレが流行る。音楽もジャンル断絶ひどく人種や性別でやる音楽が決まってるような印象ある。
多様性を押し付けたり多様性が目的になったらそりゃ魅力のないつまらん作品になるは
ラスボスである翼獅子ですら「唯一の快楽である食事」を追求し続けた果てに「自由」という根源的欲求を満たしたくて行動していただけだからなぁ。
まあアニメ化されてない素晴らしい作品は山ほどあるのだけどね。
アニメ化されてもアウトな作品も山ほど、、、ガンツは作り直して欲しい。
自分的に多様性=ブュッフェスタイル
ポリコレ多様性=My味付け調味料を全部に混ぜようとしてくる闇鍋スタイル😅
正確には違う 中国ならもともと人気あったけどアニメダンジョン飯が海外人気になったのは20話以降のカナリア隊出て来た当たりだな
登場人物が増えて物語に立体感が出て来て 一見ギャグやコメディと思われてたものが実は後の重要な伏線だったと知った時当たりか
あとマルシルの石像からヒポグリフ そして今回のチェンジリングで一気に評価が変わった印象がある
2クール目からジワジワ人気になってきたけど 20話付近までは本当にジワジワだったし もともとはそんなに人気があった訳ではない
漫画完読してない人はネタバレコメント見てしてしまうから
感想なんかは見に来ない方がいいと思う。
まあ今現在の海外エンタメが多様性第一主義に染まり切ってて
そういう押し付けにうんざりした消費者が日本のマンガ・アニメに流れだしてるってのは確実にあると思う
むしろ初期では海外の評判低かったよな
トリガーは原作から絶妙なセンスで取捨選択して上手く映像化したと思う
あまり複雑に考えすぎると疲れるよ。ダンジョン飯が良くできた漫画なのは事実だけどね
服装や人種が変わっても、一目見て誰が誰なのか見分けが付くって、
考えたらすごいことですよね。
丸丼先生の同人誌を読むとさらに補完されますが、
どれだけ丁寧なキャラクターづくりをしているのか、と言う話です。
非常に思想性の高い作品にも拘らず、誰も説教臭さや押し付けを感じないのは、
すべてのキャラクターやエピソードにエンタメとしての調理を施して、
客がおいしくいただけるように愛情を持って調理してくれているからなんですよね。
日本は単一民族だから多種族が出て来る世界を想像して描くのは大変です。九井先生は本当に凄いですね。そしてダンジョン飯は政的主張をする為に作られたアメリカの作品とは違い、全てが必然性があってそうなってます。だから面白い。
この動画の海外コメントはどこから拾ってきたのだろう?X?それともRedditなどの掲示板?出元と原文も表記して欲しいと思う。あと、そのコメにD&Dがよく出てくるけど実際影響を受けたのはWizardryの方らしいね。いずれにしても、動画の主旨も含め色々となんか少しピントがズレてる気がする。
結局多様性という名前の唯一神への帰依を強制してるだけだからね、ポリコレ
「多様性を理解しろナード共!」みたいなイキリ散らかした発言してる連中は現代の異端審問官みたいなものだろう
正しさに寄り添って正しくない人達を殴る事が善行になる世界は彼らにとってはとても居心地が良いんだろうけどね
久し振りに漫画本を買った。全巻と副読本2冊。大変満足してます。
作品としても、もしゲームにしてもそれまでに意外とない面白さとなったんじゃね?と思う要素がいろいろあるが、個人的にすぐ言葉にできるのは回復魔法使用時の「回復痛」かな。
ゲームのプレイの一環ならまだしもなろう系などで一発ネタにされてる回復手段連発でのゴリ押しだが、それを制限するいいアイデアだと思う。
一応過去にはスレイヤーズでもリカバリイという回復魔法では対象の生命力とは別に体力を使うということだったが、ダンジョン飯の回復痛はそれよりわかりやすいw(ダンジョン飯でも蘇生時にはカロリーを使う、あればその分を動物の血などで補ってるが)
ウディタなどで再現するなら対象のHPが回復する代わりにSP(MP)が減るとか、いわゆるデバフを一緒に付与するとかかなw
近年のなろう系の氾濫を反面教師としてグリッドマンやダンジョン飯などを見て、かつてマンガ家を目指して(もう諦めたが)持ち込みをしていた際に、常に「魅力的な主人公およびキャラを作れ」と言われたことの意味をようやく理解した。
魅力的なキャラとは生きているキャラ(単に呼吸して飲食してるという意味ではなく、自身の意思を持ち、それに従って行動しているという意味で)であり、そのキャラたちが紡ぎあう人生こそが人を惹きつけるストーリーなのだと。
さすれば本来作り物であるはずのキャラや世界も受け手の頭の中あるいは心の中で、生きている存在になるのだと。
なんでお前らは多様性を意識しないと多様性を感じられないんだよ
偉そうに多様性を語ってる外人にウンザリですわ
元々、全てのこういう物語のベースが指輪物語だからな。外国人には受け入れられやすい題材ではある
そのうち生物学者や料理人といった専門家の意見が聞けるだろうな
はたらく細胞はリアルドクターが絶賛していたが、はてどうなるやら
私がダンジョン飯でひとつツッコミたい所
エルフの耳が獣の耳の様に揺れたり下がったりするところ
キャラクターがその世界で生きてるかの違いですかね。キャラクターにそう生きている理由、バックボーンがあるから魅力になってる。ポリコレキャラクターにはそれがない
特定の価値観を強要させるポリコレという閉塞主義
受け入れられない価値を認めないという非多様性という罠
作者が深く考えずにバランスよくキャラ設定をしてるとも取れる発言もあるがそれは絶対に違う。
ダンジョン飯は作者の初の長編であるが、それに先立つ短編集でも種族や寿命の違う者同士がどうやって共に生きるか、どうやって気持ちに折り合いをつけるのかというテーマを何度も描いているし
ダンジョン飯においても設定集では種族が変わったらどうなるかの他に性別が変わったらどうなるか、着るものを取り替えたらどうなるか。あえて同じ髪型にしたらどうなるかなどなど執拗とも言える思考実験を繰り返している。
既成のポリコレではなく自分自身の思考過程から生まれてきた創作物だから魅力があるんだ。
トーデン兄妹は日本アニメの多くのキャラと違って明確に白人だと断定できる造形なんだよなー。
これは対比できるようにシュロー達がいるからかもしれんけど。
イヅツミ可愛い…ハァハァ